それは、江戸時代。
今から213年前の文化4年(1807)。
御嶽猪狩村の農民、長田円右衛門が私財を投じて工を起こし、天保14年(1843)御嶽の道は完成した。甲府から御嶽へ向かう道、そこに広がるのが御嶽の勝、昇仙峡だ。
その景色は圧倒的。山の姿、川の流れ、猿岩、五月雨岩、寒山捨特岩、登龍岩、天狗岩、釣岩など巨石、奇石が織りなす景色は巧妙を極め天下の絶勝。
大きな岩と岩が支えあっているかと思えば、山側の岩と川側の岩は接地していないと知り、お尻がぞわぞわとする石門は、人と比べるとその大きさがわかる。
ここは甲府花崗岩体だ。子どものころ甲府市教育委員会が主催の地学教室で習った。北部は堆積岩と火山岩と花崗岩体と地質は入り組んでいるが、金峰山、黒平町、御嶽昇仙峡一帯はマグマがゆっくり冷えて固まった深成岩である花崗閃緑岩と黒雲母花崗岩などが分布する。300万年前に形成されたその花崗岩に風水水蝕の2つの力が加わり、この景観を作っている。
覚円峰、天狗岩等の絶壁が水蝕岩にほかならず、それこそがザ・昇仙峡の景色。水量も誇る仙娥滝の傍らの大絶壁もしかり。
見ると植物の根が生長増大して岩石の割れ目を押し開いている。
昇仙峡という名がいつからついたのかは不明だが、明治20年代あたりからその名がでてきたという。その後、大正11年の10月皇太子殿下(昭和天皇)にご遊覧頂いて以来、その名益々現れて、次いで内務省から名勝地として保存されることになる。
甲府から仙娥滝までの距離、一日の清遊にぴったり。
これは、昭和の時代の甲府のおみやげ。本水晶にブドウ、甲府と書いてある。海外旅行が一般的ではなかった昭和の中頃までは、昇仙峡は国内旅行の人気スポット。おかげで甲府駅前は旅館、お土産物屋さんが昭和の40年代、50年代までひしめいていた。
水晶。これこそ、花崗岩が生み出した産物だ。(別リンクあり。甲府のまちと水晶のこと)
水晶の多くは花崗岩マグマが冷え固まった最後の部分。渓谷美を作ると同時に水晶を作る。水晶と昇仙峡。花崗岩が侵食して作った昇仙峡が作り出されたこととリンクする。
甲府最北端の町、金峰山を要する上黒平町の家の軒先で水晶を見つけたことがある。
若いころ水晶を掘り出すお仕事をやっていたとうおじいさん、おばあさんが住むそのおうちの軒先に何気なく転がる水晶にも驚いたが、もう一つ、光り輝くもの、永遠に流れ続ける美しい水があることに心奪われた。ここ一帯は簡易水道で一定額で飲み放題、使い放題。その水はこの水晶とともに湧き出ると思うと、なんと麗しい。
まさにこの甲府というまちの輪郭を作る昇仙峡一帯と水晶、水。
この素晴らしいものが2020年に、素晴らしいお墨付きを頂いた。
甲府市、甲斐市の「甲州の匠の源流・御嶽昇仙峡~推奨の鼓動が導いた信仰と技、そして先進技術へ~」が日本遺産に認定された。
2015年から文化庁が開始させた認定制度「日本遺産Japan Heritage」は、地域の有形無形の文化財をその地域の歴史的ストーリーに絡め歴史的魅力や特色を認定するもの。今回は金峰山から昇仙峡、そして湯村温泉にいたる歴史、自然にまつわるものが構成資産としてまさに「面」での認定だ。決して昇仙峡の覚円峰だけではない。
構成資産は
① 御嶽昇仙峡
② 燕岩岩脈
③ 金峰山五丈岩
④ 能面(金桜神社所有 勝頼奉納 山梨県有形文化財)
⑤ 住吉蒔絵手箱 家紋散蒔絵手箱(金桜神社所有 山梨県有形文化財)
⑥ 筏散蒔絵鼓胴 武具散蒔絵鼓胴(金桜神社所有 山梨県有形文化財)
⑦ 金桜神社大々神楽付面と衣装(金桜神社所有 甲府市無形民俗文財)
⑧ 旧金桜神所有の石鳥居(甲斐市に移設建立 山梨県有形文化財)
⑨ 御嶽古道(亀沢)の石造物群(御嶽九筋と呼ばれる古道の一つ 甲斐市)
⑩ 広重が歩んだ御嶽古道と描いた風景(古道の景色 甲斐市)
⑪ 旧羅漢寺の遺構(本来は羅漢寺山の中腹にあったが、現在は移設再建 甲斐市)
⑫ 木造五百羅漢像(羅漢寺に伝わる羅漢像 山梨県有形文化財 甲斐市)
⑬ 木造阿弥陀如来像(羅漢寺に伝わる 山梨県有形文化財 甲斐市)
⑭ 御嶽道祖神(御嶽道にのころ道標、巡拝塔が立ち並ぶ)
⑮ 金桜神社摂社・白山社(金桜神社の摂社)
⑯ 長田円右衛門顕彰碑
⑰ 金桜神社の御神宝(京都の玉屋番頭弥助が買い付けの際伝授)
⑱ 塩澤寺地蔵堂(955年開創 国重要文化財)
⑲ 湯谷神社(湯谷権現がある)
⑳ 平瀬浄水場急ろ過水整水井 急取水口門部他3件 平瀬水源旧事務所(国登録文化財)
㉑ 黒平の能三番(山梨県無形文化財)(←別リンクあります)
㉒ 炭焼窯跡(黒平町 甲府に売りに来ていた)
㉓ 白輿(金桜神社所有 国重要文化財 甲斐市)
世代を超えて受け継がれている伝承、風習などの地域の歴史は悠久の時を経てそこの地で紡がれ、折り重なって出来上がった物語だ。
300万年前の花崗岩が生み出した、景観、水晶、文化。
甲府のまちに水晶研磨の技術があり、そして宝飾につながっている。
そしてこの技術はスマートフォンなどの電子機器に用いられる人工水晶製造技術へとつながって現代の私たちの生活を支えている、まさに甲州の匠の源流が今につながっている。
それが認められた「日本遺産」。
「甲州の匠の源流・御嶽昇仙峡~推奨の鼓動が導いた信仰と技、そして先進技術へ~」だ。
今一度、先祖が紡いできた物語を読み、我々が語り継ぐ時が来ている。日本遺産の認定はそういう意味がある。
0コメント