はがき 甲府を離れた甲府の資料。


これは明治や大正時代のはがきです。

このブログで何度も取り上げている、甲府の昔の姿を伝える貴重な資料です。


舞鶴城公園からの甲府の景色。

上の写真に写る謝恩塔には塔芯しかなくて、手前のグラウンドは甲府中学の校庭かもしれません。大正9年と思われます。

甲府市の全景は明治43年(真ん中)と大正元年(下)のもの。数年の間にお堀の周りの植栽が伸びて地面が整地されています。石が積み上げられているように見えますけれど、あれはお城の石垣の石?


私立山梨懸衛生會発行の甲府衛生展覧會2.10.8-11.3のハンコ付き。

色合いが美しいナイスな武田菱デザインです。


甲府八日町若尾銀行前通り

着物の裾をたくし上げて傘をさす人、山高帽に着物の人と羽織で帽子をかぶっている人はお旦那さん風情ですね。

菓子店の店先の木箱の荷車は散水車に見えます。道が舗装されていたなかったので、砂埃がたたないように水を撒いていたらしいです。若尾銀行は大正6年から昭和9年にあった銀行ですからこれは大正期と思われます。



柳町の有信銀行前通り

山が見えるので、これは南側から北を望んでいますね。有信銀行は現在の銀座通りの東端にありましたから、手前の建物が洋服の満足屋さんですね。そして、右側が吉字屋さんの角だと思います。

写真左にいるおじさんが帽子を少し持ち上げていたり、右の着物のおばさまたちがなにやら台の上の物を見ています。この写真には行きかう人達の呼吸や声が聞こえてくるような甲府の一瞬が映し出されています。



こうして、写真を一枚一枚見ているととっても面白い。今から100年くらい前、こんなまちだったんですね。


そして、じっとはがきを見ていて気づいたこと。


はがきに共通して名前が記されていることです。

「甲府市柳町宮井商會発行」「甲府宮井製」と。

柳町は中央2丁目、4丁目あたり。100年前だから、「甲府市柳町」にあった宮井商会さんはもしかしたらまだ中央に存在しているかもしれない。そう思いました。


電話帖を調べても、残念ながらありません

でも、ちょっと気になる番号があり・・・



少しだけ前の暑かった日。

あるお宅にお邪魔しました。

そして、このはがきを見ていただきました。

「うちのです!」「おじいさんから聞いてます!」


宮井さんのお宅は、昇仙峡観光などのお土産を一手に製造販売する会社を経営されていらっしゃいました。

このはがきは、先々代、おじいさまの時代にこうした写真を撮影し、印刷、販売されていたとのこと。


そのころの写真はガラス板に映し出していたため、ガラスは割れやすく、保存ができなかったこと。そして、今の場所へ引っ越した時に処分してしまったとのこと。今は一枚も残ってないとのことでした。


ご夫妻はこうした宮井製のはがきが、まさか後世で資料的価値が出るとは思わなかったとおっしゃりながら、昔の懐かしいお話しをたくさんしてくださいました。



こんな洋館がたくさんあったこと、ほんとに人力車がいる景色が街角にある。これが市役所の前のみずほ銀行のところです。

こうして、宮井さんのご先祖様が作ったものがあるから、甲府の景色を想像することができます。



甲府はどんなまちだったのか。ここに住む人はどんな暮らしをしていたのか。

何か特別な景色でなくても、日常の姿でさえも、見てみたいです。


残念なことに、甲府は空襲で八割近くが灰燼に帰しました。

全焼家屋も7割弱・・・だからその昔の姿を伝える写真が少ないのです。

写真が貴重だった時代です。それを撮ってあるはずのまちなかの大店や商家が持っている写真は灰となってしまいました。


だから、こうしたはがきが貴重なのです。

はがきだから、残ったのです。


はがきの書面を見てください。


達筆な字で書かれている宛名。

長野懸

宮城県栗原郡若柳町…

甲府の昔を伝える資料は甲府から遠く離れた場所でずっと眠っていたのです。

その地から、時代を経てこの山梨、甲府へ戻ってきました。


宮井商会製以外でも東京の会社などが作っていたはがきがまだまだ手元にあります。

これからもすこしづつ披露していきますね!

もしみなさんもお持ちでしたら見せてほしいです。



先日、甲府のまちを撮影するワークショップが開かれました。

その作品が文化のるつぼへちまさんに展示されています。


地球が空に!あれがNEWYORKになったり今は板前になったり!

仲見世は絵になりますね。田原屋さんも、今は貴重な建物です。

旧町名も。


銀座の東端。有信銀行跡ですね。

「今」の甲府がもしかしたら、100年後の未来の甲府の人たちの「知りたい過去」になっているかもしれません。数年前の甲府と今の甲府さえ違うのですから。



そのころの媒体は何でしょうか。

その時は、ネット環境、あるのかな?紙で残すほうがいい?データは?想像すらできませんね。


はがきが100年の時を経てまた甲府に戻ってきて資料になっていることを考えたら、甲府の今をどうにか伝え、残す事、大切ですよね。

そして甲府の外にある甲府の貴重な資料を掘り起こすことも重要なことだと思います。







KOFU500 Heritaging

2019年に500歳のお誕生日を迎える甲府のまち。 歴史と今をこうふコンシェルジュが勉強していくっていうページ。 8月にできる「こうふ開府500年公式ホームページ」のこれは影武者サイトです♪なかなかない機会なのでこの際、いろいろ楽しみたいなーって思っています!一緒にいかがですか? 甲府にある味わい深い、建物や場所、時代を超えて価値あるものを紹介します!歴史の事でない、「今」ももちろん!