子供の頃は30度が暑い日の基準でした。夏日、真夏日は聞きなじみがありますが、連日耳にするようになった猛暑日、酷暑日はここ最近聞く新しい言葉のような気がします。
そのうち、沖縄が南国、南国土佐なんて地域を表す言葉が、なくなってしまうかもしれません。甲府が猛烈に暑いのは盆地特有なものでわかる気がしても、北海道が猛暑って昔は考えられませんでしたから。
手元に一冊の古い写真集があります。今から85年前、昭和7年発行のものです。
山梨県内をエリアに分けて、残すべき素晴らしい自然や神社仏閣など解説付きでまとめてあります。
写真や解説もさることながら、そのエリアごとに載っている広告も当時の地域の産業がわかる興味深いものです。
甲府市の一番最初に載っているものはこの甲府盆地です。愛宕山からの景色ですね。景色も、木々も、成長しましたね。変わらないのは峰々の雄大さです。
この甲府エリアの一番最初の広告、ワイン屋さんでした。
これは甲府にある今年で100周年を迎えるワイナリー、サドヤさんと
勝沼に現存する日本最古のワイナリーのマルキさんの広告です。当時、会社は甲府、醸造所は勝沼だったのでしょうか。
葡萄酒(ワイン)は滋養強壮、殺菌、消化促進など、医薬品に近い存在だったようです。今もポリフェノールの効能が言われますが、お酒というよりは栄養をつける「薬的な」ものだったかもしれません。医学博士の名前もたくさん載っています。サドヤさんのワインを「甲鐵葡萄酒」と言っていたのは、鉄分をとるものだったから、と聞いたことがあります。
広告の枕言葉「耐暑保健の御加養に 国産甲鐵葡萄酒」は妙妙たるフレーズです。
暑くなってバテたらワインを飲む。そんな存在だったのかもしれません!!今の時期にぴったりです!!!
甲府市制30周年をお祝いして甲府市役所が開催した甲府の産業展示会(甲府勧業共進会)や、山梨県が開催した電気展(山梨電気博覧会)など昭和初期のイベントの図録にも洋酒屋さんとしていくつか載っていました。甲府の産業展に今は勝沼の会社が甲府のワインとして紹介されている。なんだか不思議です。
ディスプレイ、かわいいです。
現在の甲州市や、山梨市エリアのところにはこんな記述がありました。「甲州葡萄の沿革」
勝沼は日本ぶどうである甲州ブドウの産地。
信州善光寺詣の帰りに勝沼でとれた甲州ぶどうを源頼朝に捧げたとか、武田信玄公が食べてほめて、勝沼の地で栽培を奨励したとか「甲州葡萄の沿革」に記されています。
それにしても、歴史の出来事って面白いですね。今から800年以上前の偶然の重なりが今を作っているんですね。
まず雨宮さんが蔦を家に持ち帰って栽培したらそれがぶどうになり、そのぶどうを信玄公に食べてもらって、信玄公が栽培を奨励しなければ、今勝沼が日本一のブドウの産地になっていないんです。
あの時、信玄公が食べたものが全く違うものだったら・・・
こうした歴史があって、現在も県内に約90ほどあるワイナリーの多くが勝沼にあるのも、うなずけます。
では、なぜ「勝沼」でなくて、昔から、「甲府でワイン」を産業としてPRしているのかご存じですか?しかも昭和初期の寫眞集にまで載っているほど!
実は甲府、国産ワイン発祥の地なんです。
マルキワイナリーさんとお話ししたら、自分たちも実は詳しくわからないとおっしゃっていて、こうした資料が歴史を知ることにつながるのかなーって思います。
時代は流れて、現在、甲府には今4っつのワイナリーがあります。
数々の国際コンクールで受賞するワインを作るシャトー酒折さん、
栽培から醸造までをすべて一人で行う甲府のまちなかにある信玄ワインさん、
日本最大級のピノノワール畑を持つドメーヌQさん、
そして甲府でワインを作って100年のサドヤさん。
先日、都内で開かれたワインのコンクールでは甲府のサドヤさんが
日本でのもう最高のワインベストワインの赤ワインの最高賞と、ミディアムボディの最高賞のダブル受賞をしました!
201本のワインが出品され、専門家と愛好家がそれぞれ審査をしました。
この審査委員長は日本で唯一ワインの醸造を学べる大学、山梨大学の柳田教授です。山梨大学はもちろん、甲府にあります。
偉大な産地や全国の素晴らしいワイナリーの中で、国産ワインの発祥の地として甲府のワインがこれからも発展しますように!
甲府の誇りを持って行きたいなと思います。
これからもどこかで山梨産のワイン見かけましたら、皆さまご愛顧よろしくお願いします!
ちなみにこれはこの写真集をもとにしています。昔の広告や写真から、たくさんの面白い気づきがあるので楽しいです。
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